報告
第3回 小田原文学研究会 特別企画 2025年 春(4月29日開催)
椰月美智子トーク&サイン会
特別企画3回も、現在活躍する「小田原ゆかりの作家」にスポットをあて、NHKドラマ「昔はおれと同い年だった田中さんとの友情」、映画「明日の食卓」の原作など、数多くの作品を著わしている作家椰月美智子氏(小田原在住)の「トークとサイン の会」を開催しました。
当日は椰月氏を含む4人のパネリストが登壇、講演会場に集まった約70名の方々に、日常の物語の中に驚くべき多面なテーマと魅力的な人々が描かれる椰月作品について語っていただきました。
左:反町有里氏(双葉社文芸出版部編集長)
右:椰月美智子氏
左:鈴木啓之氏(伊勢治書店前店長)
右:鈴木敦子氏(小田原市議会議員。椰月氏の親戚にあたる)
秋に刊行される最新作についても紹介されました。
一冊ずつ丁寧にサインを行う椰月氏
講演後のサイン会
当日の会に寄せられたメッセージ
小田原生まれの小説家
椰月美智子の魅力
”日常表現の巧みさ”
伊勢治書店前店長
鈴木 啓之
「全員皆殺しっ」そんな物騒な叫び声から始まる物語があります。本のタイトルは『ご利益ごはん』。何とも平和的で美味しそうなタイトルですが、その冒頭が「全員皆殺しっ」なのです。気になるそのわけを説明する前に、まずはこの物語の作者をご紹介しましょう。
作者の名は椰月美智子(やづき みちこ)。小田原在住の小説家です。2002年に児童文学新人賞で作家デビュー。以来作品数は40作以上。作品ジャンルは児童小説から青春、恋愛、家族小説まで多岐にわたります。その受賞歴から児童文学のイメージのある椰月先生ですが、実はリアルな描写による家族小説にも定評があります。中でも一番の傑作は菅野美穂主演で映画化もされた小説『明日の食卓』。子育て家庭のリアルな描写が“母親による息子殺し“というシリアスな内容と相まって、誰の身にも起こりうる恐怖として強烈なインパクトを残しました。そんな椰月先生の最新作のタイトルがこの『ご利益ごはん』なのです。
『ご利益ごはん』、美味しいグルメが期待できそうなタイトルですが、そんなイメージで読み始めた読者の目に飛び込んできた文字が「全員皆殺しっ」だったのです。何事か?と読み進めると、どうやらこれは悪夢にうなされた主人公の叫び声だったようです。その声を合図に始まるのは子育て家庭の慌ただしい朝の光景。登場するのは反抗期の子どもたちと非協力的な夫。ただでさえ忙しい朝、そんな強敵を相手に奮闘するのが本作の主人公、前田早智子。アラフィフゆえの更年期か、イライラがおさまらない早智子のストレスが頂点を迎えた場面、それがあの叫び声だったのです。前田家で展開される朝の親子バトルは壮絶です。自分も仕事を抱え、秒刻みな朝の時間帯。対するのは、もはや存在自体がイライラする夫となかなか起きて来ない子どもたち。次から次へと早智子に襲いかかる試練。その様子が事細かに語られ、その都度登場する早智子の心の声(毒舌)に同情したり笑ったり。真剣に戦っている早智子には悪いですがこれはもう思わず笑ってしまう喜劇。こうなると怖いほどリアルだった『明日の食卓』とは真逆の、例えるなら“椰月流、子育ての苦労がすごすぎて思わず笑ってしまうバージョン”と言えそうです。
「全員皆殺しっ」から始まった怒涛の家庭内バトル。そのリアルな現場を目の当たりにし、早智子のストレスを共有した読者はこれから始まる本編を最大限に楽しむことができるでしょう。なぜならこれから始まるのは主人公のストレスを発散させる物語。主人公とともに読者も癒される物語だからです。そこで待っているのは、神聖なる神社仏閣での癒しと魅惑のグルメ。その最高のご褒美「ご利益ごはん」を主人公とともに楽しめたら、今度はぜひあなただけの「ご利益ごはん」を見つけてみて下さい。
さて、申し遅れましたが、今回小田原の小説家椰月美智子先生をご紹介させていただく私は、同じく小田原の本屋に勤める書店員です。椰月先生をご紹介するにあたり、まずはその作品の魅力を知っていただこうと、いま最もおすすめの最新作をご紹介させていただきました。椰月作品の魅力を語るうえで外せないのは、何気ない日常表現の面白さ、その描写の巧みさです。その魅力はデビュー作『十二歳』から今回の『ご利益ごはん』まで一貫して味わうことができます。何気ない日常とは、普通の生活の、時が経てば忘れてしまうような日常のことです。椰月先生はそんな日常が大切だからこそ大事に、そして丁寧に描かれているのです。それゆえ、それを読んだ読者はまるでその場にいるような臨場感をおぼえ、その物語の主人公、時に小学5年生、時に大学生、時に母親になるのです。
椰月作品の魅力はこの他にもあります。書店員としてその魅力をお伝えすべく、さらに地元の書店として、どこよりも売るべく長年努力してまいりました。先生と初めてお会いしたのは2013年。小田原を舞台にした小説を大々的に展開する役割を任されたのがきっかけです。以来、先生にはサイン本の販売はもちろん、数々のイベントへのご協力、何よりいつも快くご対応いただき感謝しています。
そんな椰月先生とその作品の魅力をさらに知っていただける新たなイベントが開催されます。今回のイベントでは椰月美智子先生をお招きし、作品に込めた思いを語っていただきます。
数々の文学賞受賞作。映画化、そしてテレビドラマ化された作品はもちろん。ジャンルも多岐にわたる先生の作品群は時にシリアス、時にコミカルに描かれ、さらにミステリーやファンタジー要素も加わり、今まで幅広い読者を獲得してきました。
今回はそんな作品の魅力を著者ご本人の解説とともにご紹介。その根底にある著者の思いを考察し、椰月作品が提示する文学の可能性を紐解きます。ぜひご来場いただき、その魅力に触れていただきたいと思います。お待ちしております。
(再掲:2025年4月19日発行 神静民報『神静文芸』欄より)