報告
第2回特別企画(11月25日開催)
「森谷明子 講演とサインの会」
源氏物語の可能性-《探偵・紫式部》の連作ができるまで-
特別企画2回目は、現在活躍する「小田原ゆかりの作家」にスポットをあて、「源氏物語ミステリー」4連作を著わした作家森谷明子氏の「講演とサイン の会」を開催しました。
講演会場に集まった約70名の方々に、ミステリー連作が生れる契機となった「源氏物語の謎」について興味深く語っていただきました。
自著を手に講演する森谷明子氏
森谷氏の小田原高校の後輩だった古矢元小田原図書館長が作家を紹介
紹介を受ける森谷明子氏
多くの皆様に参集いただきました(講演会場UMECO)
講演後のサイン会
当日の会に寄せられたメッセージ
森谷明子さんのこと
元小田原市図書館長
古矢智子
「アキさんが新聞に出ている」と友人から教えられたのは、二〇〇八年のことだった。源氏物語千年紀で、源氏物語を題材にした作品を書いた作家さんがインタビューを受けており、『千年の黙 異本源氏物語』の作者として紹介されていたのだ。小田原高校児童文化部の一学年先輩である森谷明子さんは、当時の記憶のままに、少し戸惑ったような優しく真面目な表情で写真まで掲載されていた。同作品で、長編ミステリーを対象とした東京創元社の新人文学賞「鮎川哲也賞」を受賞されていたという。私たちが学生の頃は、今のようにSNSで繋がることもない。早稲田大学をご卒業後、横浜の図書館で司書をされているとか、どうやらご結婚されて東京にお住まいらしい、というのは風のたよりに聞いていた。しかし面倒見のよい先輩で、大変お世話になったくせに、卒業後は年賀状の一つも出さず不義理をしていたのだが、思いがけないご活躍にこちらまで嬉しくなり、早速その受賞作を読んでみた。
源氏物語を執筆中の紫式部が、宮中でおきた謎を解くという話で、入念に調べられた史実と作者の創作が緻密に積み上げられ、源氏物語の背景に一つの解釈を与えてくれるようで、読みごたえある力作だが面白くてすいすいと読める。そういえば、森谷さんは古典やミステリーを愛好していたが、その二つがこうして融合したのか、と得心した。また、児童文化部では人形劇等の脚本を生徒が自前で書いていたが、私たちは後に作家となる方の脚本で演じていたのか、という感慨も湧いた。慌てて既刊の他の著作も買い求めて読んだ。古典文学の造詣の深さと、今の時代も通じる心の機微を余すところなく感じて、作者を知っていれば、なおさら文体に人柄がにじみ出ているようで懐かしく、どうしても感想が伝えたくなり、ご実家に手紙をお送りした。
翌年、思いがけず森谷さんから手紙が届いた。もとより、ファンレターのつもりでお送りしたし、三十年も前の後輩が有名になったからと急に手紙を出しても、と、返信は期待していなかったのだが、お正月にご実家に帰省された際に私からの手紙を見たと丁寧な内容で、かえって恐縮してしまうほどだった。
それから、新著を送っていただいたり、年賀状をやり取りさせていただいたりするようになり、まさに旧交を温めていった。聞けば子育てのために退職してから、小説家になろうと思われたそうで、児童文学などの秀作を重ねつつ、鮎川哲也賞の応募に至ったそうである。
そんな森谷さんからの年賀状に、ある年「俳句甲子園を舞台にした小説を連載しています」と近況が書かれてあった。俳句といえば、これは私が長年趣味としてきた分野である。とても黙ってはいられない。本当に面倒な後輩だと思っただろうが、「私に俳句の話をさせてくれ。何なら作中で使う作品も提供させてくれ」と押しかけ教授を申し出た。好き放題に俳句の講釈をし、作者も実際に体験した方がいいと句会も開いた。コンビを組んでいた私の同学年の部活仲間も東京の結社で俳句を学んでいるので、彼も呼び出し、私の俳句仲間も参加してもらった。また、取材で俳句甲子園の県予選にも附いていった。こうして、私にとっては特別思い入れの強い作品「春や春」が出版され、巻末に謝辞をいただく僥倖を得た。「春や春」は、神奈川県を始めとして高校入試問題にも引用されたというが、俳句を全く知らなくても楽しめる青春小説なので、ぜひご一読いただきたい。そして、続編「南風(みなみ)吹く」も書かれたのだが、続編を書こうと思われたきっかけなども伺って、作家の創作活動の一端を垣間見ることができたのは、本当に貴重な体験だったと思う。
そして続編といえば、何といっても今年出版された『源氏供養 草子地宇治十帖』である。森谷明子さんを全く知らない人なら、大河ドラマにあやかって出版された源氏物語関連本かと思うかもしれないが、ファンからすれば待ちかねていた作品なのだ。シリーズ2作目となる『白の祝宴 逸文紫式部日記』から、3作目の『望月のあと 覚書源氏物語 若紫』が、比較的テンポよく出版されたのだが、森谷さんはずっと「宇治十帖を書かないと」とおっしゃっていた。もちろん、準備することはたくさんあり、それがシリーズ集大成と思えば簡単な話ではない。しかも、いくら作家さんが望んでも、出版社がGOサインを出さなければ、私たちの手には届かないのだ。そう思えば、今年の出版に至ったのは、確かに大河ドラマの恩恵もあるのかもしれない。いずれにしても、初版から文庫版での出版というのは、出版社の意気込みも感じられるのである。
このたび、小田原文学研究会から、森谷さんを招いて講演会を開催したいとお話があり、微力ながら仲介させていただいた。王朝推理絵巻シリーズ、その創作の裏側を聞けるまたとない機会と楽しみにしている。ぜひ、皆さんもご参加いただきたい。
(再掲:2024年11月9日発行 神静民報『神静文芸』欄より)