報告
第5回 小田原文学研究会 特別企画 2026年 春(4月29日開催)
新井恵美子講演会
-雑誌『平凡』を創った男 父 岩堀喜之助を語る-
第5回は小田原市民交流センターUMECO会議室に約80名の参加者が集い開催されました。会場に駆けつけた加藤小田原市長の挨拶のあと、新井氏の講演が始まりました。
終戦まもなく復員した父岩堀喜之助が、「雑誌をつくるぞ!」と精力的に活動し、盟友清水達夫氏(株式会社マガジンハウス2代社長)らと1945年11月に早くも雑誌『平凡』を発刊するにいたる経緯、著述業を目指す恵美子氏に対する喜之助氏の直言などの思い出を、しばしばユーモアを交えながらしっかりとした口調で語っていただきました。
講演後の質疑応答の時間には、かつての級友の方、地元前川出身の方からも多くの発言をいただき、会場はあたたかな雰囲気に包まれました。
新井氏は車いすで登壇されました。
新井氏の級友・同郷の方もいらっしゃいました。
複数の参加者から花束が送られました。
多くの皆様に参加いただき、ありがとうございました。
当日の会で、新井恵美子氏が父の一生を描いた著書が特別に販売されました。
「あとがき」から一部を紹介いたします。

新井恵美子著
『腹いっぱい食うために-「平凡」を創刊した父岩堀喜之助の話-』
(近代文藝社 1994年刊)
「あとがき」より
父の死期もせまったある日、病室で、父と母が小声で何か話していた。その時、父は母に言ったそうだ。「うちの娘達四人は、すっとんきょうだが、皆善人だね」と。そして、その事を喜んで、大満足だったそうだ。
人が善人であること。そんな事がそれほど重大な事だろうか。後にゲーテの「人間の全ての性格のうち最もすばらしいのは誠実である」という言葉に出逢った時、やっと父の言わんとする事が理解出来た。多少抜けていても、お粗末でも、人の性が善であること。これ以上の事はない。「平凡で良い。善き人であってくれ」それが父の血を分けた四人の娘への遺言だった。そして、同時に父自身の生涯に対する通信簿でもあった。
父の一生を読んで頂いた方はよくお分かりになったろう。沢山の矛盾に満ちた一生だったし、とんちんかんな事もしている。でも父はいつも一生懸命だった。いつも自分の命に誠実であった。
果てしない広野で見る野火のように、とらえようもなく、消しようもなく、どんなカッコでもくくれない一人の男の生涯を私は持て余した。
